【夢を叶えるインタビューVol.14】45歳でハワイに移住する

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こんにちは、Synchronicityのしょーたろです。

これまでの夢インタビューでは “これから夢への第一歩を踏み出そうとされている方を中心にお話を伺ってきましたが、第14回目の今回は実際に起業され、仕事・プライベートの両面で自身の夢に向かって活動されている方に夢インタビューさせていただきました。

IT業界の中でもサイバーセキュリティの第一線で活躍されている株式会社WORSHIPの西川社長です!

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<自己紹介>

西川 洋貴(にしかわ ひろたか)。 1987年兵庫県生まれ。

祖父の影響を受けて建築を学び、2009年から建築事務所で活動を開始。 その後、クリエイティブとして活動して2016年に株式会社WORSHIPを設立。 建築で培ったロジカルな思考とクリエイティブで培った柔軟な発想、多様なアプローチを武器に国内外のさまざまなプロジェクトに参画。

現在は、株式会社WORSHIPで代表取締役、株式会社青い鳥で取締役を勤めながら、中東・東アフリカ・東南アジア、北ヨーロッパ、北アメリカを中心に活動中

 

子供の頃の夢

しょーたろ: 世界を股にかけて仕事をされていて超お忙しい中、本日は夢インタビューの時間を割いていただきありがとうございました。 会社の社長さんに夢インタビューさせてもらうのは初なので、非常に恐縮・緊張しております。 現在は、ご自身で起業された株式会社WORSHIPの代表取締役、株式会社青い鳥の取締役などを務められ、国内外問わず多方面でご活躍されている西川さんですが、子供の頃から「起業する」とか「経営者になる」といった夢をお持ちだったのでしょうか?

西川さん: しょーたろさん、そんなに持ち上げないでください! 逆にこっちが緊張してしまいます(笑)。 子供の頃の夢ですね? 実は小さい頃は明確に「こうなりたい」っていう夢がありませんでした。 「こうなりたい」っていうよりは、職業的に「将来はこうならなきゃいけない」とか「こうしなければならない」っていう気持ちの方が強かったと思います。

しょーたろ: 具体的に何にならなければいけないと感じていたのでしょうか? また、子供の頃から職業的使命感を感じるって、少なくとも僕はあまり聞いたことがないですが、そう感じるようになった理由はありますか?

西川さん: 具体的に言うと「経営者にならなければいけない」と感じていました。 僕の家計は代々自分で会社を経営していて、祖父は建築系の会社、父はソフトウェアの会社、母は福祉・介護の会社をそれぞれ経営していました。 祖父や両親から直接「自分で起業して経営者になりなさい」と教育されてきたわけではないですが、生まれた時から経営者としての祖父や両親の背中を見て育ってきたので、「自分も同じようにならなければいけないんじゃないか」と感じていました。 祖父や両親からの影響が半分、残り半分は自分で勝手に感じていたっていうところですね。

しょーたろ: “THE 経営者” という訳ではありませんが、僕の実家も両親が自営業で接骨院をやったり、母型の祖父が建築系の会社を経営していたのですが、両親から「将来は自分で事業を興しなさい」とか「家業を継なさい」と言われたことはなかったですし、僕自身も「将来は自分が家業を継ぐんだ」と思ったことは一度もなかったです。 なので西川さんがご自身で「経営者にならねば」と感じるようになったキッカケや出来事がもしあれば教えてください。

西川さん: 実は両親が離婚して、父親が家を出て行ったんです。 建築系の会社を経営していたのは母型の祖父だったのと、母には男性の兄弟がいなかったので、子供ながら「将来は男性の僕が祖父の会社を継がないといけない」と感じていました。 目に見えない圧力というか、プレッシャーを感じていましたね。

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しょーたろ: 目に見えない圧力というのは、育て方や教育方針から感じていたんでしょうか? 小学生の頃から「将来は経営者にならなければいけない」と感じていた西川少年がどのような幼少時代を過ごしていたのか、とても気になります。

西川さん: 母型の祖父はとても厳格でした。 何か一つ出来ていたら良いという考えではなく、常に文武両道を求められていました。 小学生ながら10個の習い事をやっていたので、本当に大変でした。。。

しょーたろ: 10個の習い事!? 正直イメージが全く付かないです。 物理的に可能なんですか? そもそも、10個も習うことがあるんですか?

西川さん: そろばん、公文、水泳、空手、カブスカウト、ピアノ、華道、茶道、習字、野球、英語、数学、普通の英語塾って感じでしたね(笑)。

しょーたろ: 余裕で10個超えてるじゃないですか! 授業後に1日1.5〜2個の習い事っていう計算ですよね? サラリーマン以上にハードスケジュールですね(笑)! 小学生の時って一番友達と遊びたい時期だったと思うんですが、実際問題、友達と遊ぶ時間はなかったんじゃないですか?

西川さん: 思うほどなかったです。 小学校の授業が終わるのが午後3時。 習い事によっては4時半とか5時から始まるものがあったので、遊びに行くとしてもその1時間半〜2時間をどう有効活用するかが勝負でした。 小学校と家の間に祖父の職場があったのですが、家に帰るとその分だけ時間を損することになるので、祖父の職場にランドセルを置いて、そのまま遊びに行ったりしていましたね(笑)。

しょーたろ: 3時に学校が終わると言っても宿題があったと思うので、習い事との両立はめちゃくちゃ大変だったと思います。 でもその中で、“友達と遊びに行く” という目的を達成するために、小学生の頃から生産性や効率性を考えて行動されていたんですね! 素晴らしいです。

西川さん:  でもこの話にはオチがあって、ある日職場にランドセルを置いて遊びに行っているのが祖父にバレて、こっ酷く怒られました。 建築系の職人だったこともあり、祖父にとっては職場がとても神聖な場所だったんですね。 そんな神聖な職場に僕がランドセルを放っておく訳ですから、もうカンカンでした。 僕の住んでいた所の隣町に祖父の家があったのですが、そこまでランドセルを取りに来いと言われました。 祖父は夜9時に寝てしまう人だったので結構ハードなタイムリミットがあったのですが、翌日も登校日だったので「どうしよう?」ってかなり焦りましたね。

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ABOUTこの記事をかいた人

Kanye

大手日系証券会社、外資系投資銀行でM&Aアドバイザーとして活動。成長よりも楽しさを求める人生に方向転換し、皆んなが助け合える小さな世界を創るために起業。