【しぬまでにしたいこと】蟹江姓のルーツを探りました!

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こんにちは、しょーたろです。

先日の投稿で「自分のルーツを探ります」と宣言し、歴史研究家の方にお願いしたところ、早速「蟹江姓のルーツ」を探ってもらいました!

僕自身、自分の苗字かつ出生地である “蟹江” という文字がこんなにもたくさん出てくる文章を読むのが初めてですが(笑)、蟹江姓のルーツを知ることが出来て本当に良かったですし、

 

蟹江姓と蟹江の歴史 ~The Roots of His Family name and Hometown~

どうも、amanemurakumoこと歴史研究家の髙橋 一平です。

このたび、大学の同期でSynchronicity株式会社 共同代表のしょーたろ(蟹江 翔太朗)と、株式会社青い鳥で代表取締役を務める中村 昌史さんと一緒に「親孝行×IT事業」の一環として「苗字と戸籍を元に家系図と家族・苗字の歴史を作成する」というサービスに関わる事になりました!

まさか同年齢の人たちと家族のルーツを調べ、親孝行や家族教育に活かす事業に、こんなにも速い流れで関われるとは思っていなかったので、ワクワクと初体験に対する緊張が入り交じっております(笑)。

さて、初回にあたる今回は、歴史・地理的な考証や古い文書の判読担当で関わらせて頂くという事で、まずはしょーたろさんの苗字である “蟹江” について紹介して行こうと思います!

 

蟹江姓の発祥地はどこ?

何を隠そう蟹江くんの出身地は愛知県海部郡蟹江町。 愛知県西部にある町です。 そんな蟹江くんが「世界一周学校・文化祭」で名古屋市出身の名古屋さんと運命の出会いを果たしたのが、そもそも僕が家族・苗字の歴史を調べようというバケットリストを投稿した理由でした。

そんな「蟹江姓」ですが、実は主な発祥地としては彼の出身地である「蟹江町以外には無い」んです! つまり、彼は蟹江姓の発祥の地で生まれた生粋の蟹江さんということになります(笑)

 

蟹江の語源は一体・・・?

蟹江姓の由来は、愛知県海部郡蟹江町だということが分かりましたが、では「蟹江の語源は?」というと2つ説があります。

蟹江町のある位置は戦国時代・織田信長とその祖父、父3代にわたって津島貿易が行われた津島市の南にあたり、まさに港が置かれる「入り江」でした。 そして古くは柳の木が沢山生え、蟹が這っていたといいます。 その為「蟹がいる入り江」で「蟹江」という説。

もう1つは、蟹江周辺では川が蛇行して曲がりくねっており、「まるで蟹が横に歩く様に川が縦横無尽に流れている」から「蟹江」であると云う説。 これも現在でも蟹江川などの川に囲まれた土地であることからうなずける説です。

いずれにしろ分かる事は、蟹江という苗字そして土地が「海」に関係するものであるという事ですね。

 

蟹江ミニ歴史 ~蟹江の歴史はどれくらい?  蟹江姓のご先祖様はどんな人?~

蟹江姓がどれくらい古くから使われて来たかというと、実は詳細な記録が残っていません。 ただこういった地名型の苗字の場合、「◯◯村(地名)の△△(名前)さん」と呼ばれていたのが◯◯△△という氏名に変化したパターンが多いので、明治時代に苗字を名乗ることが義務化される以前から、通り名としては存在したと思われます。

そこで今度は「蟹江」という地名の古さですが、1215年(鎌倉時代)には『水野家文書』に「蟹江郷」や「富吉荘」などと呼ばれる現在にも残る地名が登場しているので、少なくともそれ以前の時代にはある程度の田んぼや集落が発展していると言うことが想定されます。

これはあくまで推論ですが、蟹江町にある冨吉建速(とみよしたてはや)神社の創建が一節に733年(奈良時代)とされていますので、恐らく「飛鳥時代〜奈良時代前期には蟹江に相当数の人が住んでいたのではないか?」と考える事が可能かと思われます。 となると、「蟹江姓の遠いご先祖さまもそれくらいの時代には徐々に住み始めていたのではないか?」と考えられます。

では次に、「蟹江姓のご先祖さまはどんな人びとか?」と考えるとやはり「海」と「田んぼ」という2つのキーワードが浮かび上がってきます。

蟹江町が港であったことは先ほど説明した通りですが、百石船(ひゃっこくせん)と呼ばれる大型の貨物船を停泊させる事が出来る港であり、漁業基地でもありました。

蟹江町からほど近い、甚目寺(じもくじ)の甚目寺観音は甚目龍麿(はだめのたつまろ)と言う漁師によって597年に建てられたという伝説がありますが、地理的な特徴から考えても蟹江に古く住んだ人びとは漁師・貿易業者・水軍などの「海」に関係の深い人びとであったと言えるのではないでしょうか?

また、蟹江周辺は少なくとも鎌倉時代には「荘園」(貴族などの持つ私有農地)が置かれた場所であり、後に湿地帯に「蟹江新田」と呼ばれる「田んぼ」が開墾されたことから、周辺の川の氾濫に悩まされながらも、そこそこに豊かな土地を持った農民の子孫、という事も考えられます。

 

蟹江姓の家紋ってどんなモノ?

蟹江 家紋

蟹江姓の家紋の一例は「丸に三つ星」というご紋です。 後ほど説明を加えますが、蟹江姓で有名な蟹江 一太郎氏(カゴメ株式会社創業者)の家紋もコレと同じなので、恐らく多くの蟹江さんが使う「定紋」(じょうもん)では無いか?と思われます。

この星紋というのは、一説に日・月・星の三つの天体や、オリオン座の三つ星などを意味し、北斗七星、北極星など海上で自分の位置を把握するために目印とされた星がモデルになっています。

なので蟹江姓のルーツである海辺の人々にたいへん縁が深いご紋だといえるでしょう。

また、北斗七星やオリオン座の三つ星(将軍星)が戦の勝利を司る星であることから「勝ち星」に繋がり縁起の良いご紋でもあります。

 

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Kanye

大手日系証券会社、外資系投資銀行でM&Aアドバイザーとして活動。成長よりも楽しさを求める人生に方向転換し、皆んなが助け合える小さな世界を創るために起業。